人物考察:不動明王アカラナータ

 2003/06/09 

シュラト 人物考察

反逆者

  • よみがな:ふどうみょうおうーー
  • 声:松本保典
  • 所属:獣牙三人衆(元・八大明王)
  • 神甲冑:蝙蝠(コウモリ)
  • 武器:--
  • 触媒:--
  • 必殺技:不動金剛杵、獣牙烈光弾、去来霊視光etc.
「無駄よ無駄無駄!!」の台詞でおなじみの、獣牙三人衆の長にして最強の男。
この台詞もそうですが、三人衆の他の2人と同様、
見ていて気持ちがいいほどプライドの高いお方です。
そして実際、びっくりするほど強かったし。
「実力のともなった自信家」って、
少なくともTV放映当時の敵キャラとしては画期的だったのでは?
それに、松本さんの高めの悪役声も、マリーチ役の時とはまたひと味違って素敵です。
でも、曼陀羅陣の上に岩山を丸ごとテレポートさせて押しつぶそうとしたり、
シャクティを合体させちゃうあたり(第21話)は、ちょっとギャグっぽかったですね。
あの「恐怖!合体シャクティ」ってタイトルも、申し訳ないけど笑えてしょうがないよ、
古き良き時代の怪獣映画みたいで。
三人衆では彼だけが第二部にも登場したことや、ドラマCDその他での活躍ぶりから、
スタッフやファンの間での彼の人気の高さを知ることができます。
アニメ版でも、小説版で明らかになったその過去が盛り込まれていたら、
さらに人気が出ていたのではないかなぁ。
小説第4巻序章では、獣牙三人衆の面々が
デーヴァからアスラへ寝返るに至った経緯が描かれているのですが、
そこに登場した「微笑みさえ浮かべないアカラナータ」は、
アニメ版の高らかに嘲笑するあの姿しか知らない私には衝撃的でした。

「大戦」時の彼は、デーヴァ神軍最強部隊・八大明王の一員として、
常に最前線に身を置いていました。
アスラの戦陣を手刀で切り崩し、その鬼神のごとき強さから
「デーヴァ神軍最強の戦士」と称えられるほどだったのですが、
一方で、自身の心の乾きや正体不明の「欲求」に
人知れず悩む日々を送っていたようです。
そのせいか、周りからどんなに賞賛を浴びても、
ヴィシュヌ様から直々にお誉めの言葉を頂いても、
彼が笑顔を見せることはありませんでした。
そんな彼が、ある戦いを境に、
自分の心の奥底に潜んでいた「欲求」が何であるのかをはっきりと悟ります。
すなわち、「オレは力を求めている」と。
そして、戦闘不能になっている魔神将(=アスラ神軍の神将)にも
ことごとくとどめを刺すなどして、
そのデーヴァ神軍らしからぬ戦いぶりを非難されるようになります。
しかし、当の本人は他者からの評価には無関心でした。
「戦いとは人を殺すことだ」。
同じ八大明王に所属する大威徳明王(だいいとくみょうおう)ヤマンタカが、
「貴公の戦い方はアスラ神軍に近すぎる」
とアカラナータに面と向かって批判した時、彼がつぶやいた台詞です。
この一言はとても印象的でした。
ずっと悩み続けた末にようやく見つけた答えがこれだったのか、と。
私には、彼のこの言葉の全てを否定することはできません。
確かに、発端や目的がどうであれ、
戦争というものは結局は人と人が争うものなのだから。
でも、どんなに個人的なことだとしても、
戦う目的や守りたいものがあれば、もっと見えてくるものがあると思うのに。
それから間もなく、いつもどおり最前線で戦っているさなかに、
アカラナータはついにシヴァの誘惑に負けて黒のソーマに目覚めてしまいます。
そして、クンダリーニやトライローとともに八大明王の他の5人を虐殺し、
アスラへと寝返って「獣牙三人衆」と名乗るようになりました。
以後、ヴィシュヌ様に封印されるまで破壊の限りを尽くします。
また、1万年を経て封印を解かれた後の彼らとその圧倒的な強さについては、
小説版をお読みになっていない方でもご存知のことと思います。

私は、アカラナータが反逆した時の
「オレはこの力を使って、使いまくってやる!
 それこそがオレの生きている証となる!」
という叫びが忘れられません。
ここに、それまでの彼の不安や孤独が全て集約されていると思うからです。
ああ、この人はずっと、自分にもその生き方にも自信を持てず、
居場所を見つけられずにいたんだなぁ、と……。
アカラナータの反逆に便乗するかたちでアスラに寝返った他の2人とは、
そのあたりから根本的に違っているのではないかなぁ、とも思います。
クンダリーニは元から勝手気ままに生きてきたという印象があるし、
トライローにしても、「美しさを求めて戦う」というポリシーは
デーヴァの頃から貫いていたと思われます。
でも、アカラナータは、常に漠然とした不安につきまとわれていました。
そしてその不安は、自己に対する自信のなさから生じていたのではないかなぁ。
「アカラナータが今までどれだけデーヴァ神軍のために戦ってきたのか忘れたのかしら!」
とトライローがヴィシュヌ様に対して憤慨していた時も、
そうではなく自分のために戦ってきたのだという自覚はあるのですが、
そのことをトライローに訂正させるのではなく、
自分の心の中でそっと間違いを正すのみです。
この時、せめて彼女に反論できる分だけでも、
自分の生き方に自信を持てていたら……、と考えてしまいます。
……まぁ、ここではっきり反論しなかったのは、
単にトライローの相手をするのが面倒だったためとも思われますが、
そのへんについてはとりあえずノータッチで。

あっ。さっきアカラナータのことを
「居場所を見つけられなかった」なんて書いてしまったので、
何だか彼にはお友達がいなかったみたいにとられてしまうかも知れません。
でも、彼にとっては「友人」ではなかったとしても、
彼のことを気にかける人はちゃんと周りにいたのです。
彼に惚れていたトライローや、
「戦いとは人を殺すことだ」の発言の後、ますます興味を持ったらしいクンダリーニ、
そして、当時の八部衆の最古参にしてリーダー格である龍王アナンタがそうでした。
「大戦」末期の八部衆(通称「先代八部衆」)について、
ここで少し補足しなければなりません。
アニメ版では、去来霊視光で映し出されたとおり、
龍王がアカラナータに倒されるなど、
三人衆との戦いで次々と命を落としたとされています。
しかし、小説版の先代八部衆は、
八大明王が全滅した後のデーヴァ神軍の中核を担い、
特に龍王アナンタの働きによって、ついには三人衆を封印することに成功します。
龍王がアカラナータに倒されるという点ではアニメ版と同じなのですが、
そのあたりのエピソード(小説第5巻第2章)は、涙なくしては読めません。
アカラナータの過去を語る上で、このアナンタは外せません。
では、その龍王アナンタとはどんな人物だったのか?
先代八部衆のことも含め、彼の項でもう少し詳しくまとめますが、
「いるだけで人に安心感を与える不思議な魅力」を備えた人であったとか。
つまり、怜悧な印象を醸し出していたというアカラナータとは、
ちょうど正反対のタイプですね。
彼に対してはアカラナータも気を許すところがあったようで、
内心の不安をうっかり漏らしてしまうほどでした。
そして、彼自身の「私は私の分をわきまえておりますよ」という台詞や、
「戦いとは人を殺すことだ」の発言が広く伝わってからも
アカラナータに対する態度を変えなかったところからは、
その公正さや冷静さを伺い知ることができます。
そして、アカラナータら3名が反逆した後、
「獣牙三人衆については、我ら八部衆におまかせを!
 我らの力の及ぶ限り、防いでみせましょう」
とヴィシュヌ様に力強く宣言する際も、己の分をわきまえた彼だからこそ、
その瞳には苦悩の色を隠しきれずにいました。
そんなアナンタと、邪悪な笑みを浮かべながら
「気の向くままに我が力思い知らせてくれるわ!」
と自信に満ちあふれて叫ぶアカラナータ。
小説第4巻序章のラストはこの2人の対比がよく効いて、
とても強く印象に残っています。

アナンタに右胸に傷をつけられ、それが直接の敗因となって封印されたアカラナータは、
シュラトたちと対峙した時も、現龍王、つまりリョウマを倒すことに執着します。
これは、アナンタに著しく傷つけられたプライドを取り戻すための
自然な行為なのだろうけれど、
アカラナータは「アナンタの身代わりと見立てた」リョウマと戦っているのではなく、
今でもアナンタその人と戦っているような、そんな気がします。
というのも、自分に自信がなく、
漠然とした不安を抱えて生きていた頃のアカラナータにとって、
自分のことも他人のことも冷静に評価できるアナンタのような人間は、
憧れというか、羨望の対象にもなり得たかも知れないからです。
黒のソーマに身を委ねることによって強大な力を得てから、アナンタに
「オレは強くなる。貴様などはるかに越えた、この世で最強の戦士となる」
と宣言していますが(小説第5巻)、
この台詞から「越えるべき(最初の?)目標」として
アナンタをライバル視していたことがわかります。
小説第4巻序章の、アナンタに対する
「おまえもその実、オレより強いのかもしれぬ……」
という言葉は、アカラナータにとって切実な不安を
かなりストレートに打ち明けたものだったのかも知れません。
その不安を打ち破るためにアスラへと寝返ったのに、
彼は今でもそれから解放されていない。
むしろ、より大きな不安にとらわれてしまっているのではないでしょうか。
アナンタは、もしかしたら、
自分の悩みを理解し不安を取り除いてくれる唯一の人だったかも知れないのに、
自分のその手で殺してしまった。
それで彼を越えたつもりになっても、
乾いた心はいつまでたっても満たされないまま……。
反逆に至るまでの経緯を知ってからは、
アカラナータの自信満々な態度が私の目には痛々しいものに映ってしまって……。
どんなにその強大な力を誇示してみせても、高らかに嘲笑を響かせても、
目的を見失ってただ手当たり次第に暴れているだけに見えてしまうのです。
アカラナータにしてみれば、それこそが「力」の正しい使い方なのかも知れないけれど。
黒のソーマの甘美な魅力については、小説第4巻において
「『生きる』ということから生まれる悩みなどいっさい消える」
(byミトラ様(小説版オリジナルキャラ))という説明が出てきます。
確かに、クンダリーニやトライローを見ていればそんな感じがします。
でも、アカラナータは、彼の場合はどうでしょうか?
表面上の迷いは吹っ切れたかも知れませんが、
黒のソーマに支配される前よりももっと大きな底なし沼にはまり込んで、
救いを求めてもがいているような、そんな考えを消し去ることができません。

さて、アカラナータは小説版でも、
リョウマの決死の一撃によって倒されるのですが、
第6巻のラストで、黒こげの首だけの状態になってもなお生きていることが判明します。
アニメ版第二部における彼の復活&再登場は、
伏線も何もないままでちょっと唐突に感じられたので、
それに比べるとちゃんとつながりが見えて良かったです。
龍王に対して復讐の炎を燃やす彼をほんとうの意味で救うことは、
もう不可能なのかなぁ……。
彼のことをもうただの敵キャラとは見られなくなった今、
誰でもいい、何とかしてほしいと願ってしまいます。
そして、これはアナンタの願いでもあります。
彼の遺志を継いで願いを成就させられるのは、
同じ龍王であるリョウマなのかな、やっぱり。
でもリョウマも、今は光になって消えちゃったままなんだよね……。
しかし、小説版の続きが出ないことにはどうにもこうにも……。
今のままでは読者もアカラナータも生殺しだよぅ、あかほりさーん!
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